かむりの里の物語《5》

Story of Kamurinosato

鶩倉(わしのくら)神社

鶩倉(わしのくら)神社

創祀年月は不明ですが、社伝に従えば推古帝の御字登喜多知麿、帝の第二皇子を奉祀すといわれます。
明冶15年建立の石碑には、「慶長9年(1604)岩崎隼人康彪が伊達政宗から建造費の補助を受け社殿を作り、さらに明冶14年福岡村で社殿を大修理した」と記してあります。旧社殿の彫刻を所々に使用しています。
ここは続日本記、宝亀11年780の条に「鷲座(わしくら)」と地名が出ており。古い歴史をもっています。怪異な山容が原始信仰の対象となり神仏習合時代には、魔訶迦羅天(大黒天)が祀られ、お山の権現様として篤い信印を集めていました。
 毎年11月3日(文化の日)に例祭が行われております。

 

■姥杉(神杉)
鶩倉(わしのくら)神社宮城県指定有形文化財(平成10年1月16日指定)
根元の幹囲:11.9m・目通りの幹囲:8.16m・樹高:31.6m・樹齢推定400年以上

 

■鞍掛の石
鶩倉(わしのくら)神社屏風岳(元々291m)の頂上にあった4mほどの鞍の形に似た大きな石です。村では、昔鎌倉権五郎景政という豪傑が敵を防ぐために置いた石であると言い伝えられてきましたが、屏風岳が砕石採取でいずれ消減するので、平成7年鷲倉神社の境内に移され、神石として祀られて鎮座することになったのです。

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