かむりの里の物語《4》

Story of Kamurinosato

栽松院の墓

栽松院の墓

伊達政宗祖父、伊達晴宗の夫人久保御前(栽松院)は、岩城左京太夫重孝の長女で、奥州随一の絶世の美人であったと伝えられています。奥州探題となって伊達氏の勢力を拡大した伊達晴宗(1519~1577)の夫人で、伊達政宗の祖母に当たります。杉目(福島市)に住んだので杉目御前とも呼ばれました。夫晴宗が59歳で死去した際に、久保御前は出家し栽松院となります。政宗の生母保春院が、弟小次郎に家を継がせたいと考えていることを知り、毋の愛情を失った政宗をかぱったのは栽松院で、必死に訓育したと伝えられています。
天正19年(1591)根白石の白石誠に移り住み、文禄3年(1594年)6月9日に74歳で他界しました。没後遺言にもとづき、伊達政宗は晴宗の墓所のある福島の宝積寺(ほうしゃくじ)から僧・能山を招き、屋敷跡に同名の琥珀山宝積寺を建立しました。
栽松院の墓始め五輪の墓に祀られていましたが、荒廃して字が読みとれなくなったので、享保17年(1732年)に五代藩主伊達吉村が墓石を再建しました。「栽松院殿月盛妙秋禅尼大姉」と刻まれています。
なお、栽松院の位牌は、現在、根白石の満興寺に安置されています。

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